HCDコラム

ヒューマンインタフェース学会研究報告集 2005/11/29 Vol.7 No.4
「自治体行政のユーザビリティ"World Usability Day"からの提言」より

1. はじめに

電子政府、e-Japanと銘打った活動が全国的に展開されたものの、開発されたシステムは低利用率にあえぎ、2005年11月8日付、日経新聞朝刊第1面「電子政府 利用進まず」では、その散々たる利用状況が報告されている。以下主要部分を引用する。


「(前略)インターネットを通じて役所への申請手続きなどを済ませる電子政府計画で、各種の給付申請をはじめ主要な行政手続きの8割でネットの利用率が1%に満たないことがわかった。(中略)


政府は2001年度から電子政府の実現に着手。現在ネットで申請できる手続きは約1万3千種類。このうち書類申請などの利用が年間10万件超となる主要な手続きとして内閣官房のIT担当室が利用件数などを調べているのは166ある。ところが利用は極めて低水準。IT担当室によると04年度にネットからの利用がゼロだった手続きは166のおよそ4割の60。利用率1%未満は134で8割を越す。残る2割の手続きの利用率も低く、ネット申請が全体の利用件数の半分超という手続きは16種類しかなかった。(後略)」


NPO法人人間中心設計推進機構(HCD-Net)では、こうした状況に対する危機感をいち早く捉え、2005年度の業務活動事業において、札幌市の電子申請システムにHCDを導入するためのコンサルティング活動を展開している。HCD-Netは、自治体、行政のユーザビリティについて議論する必要性を感じ、その研究事業の一環として、有識者とのパネルディスカッションと将来への提言を行うことになった。この議論は世界的なユーザビリティ啓発活動 "World Usability Day"の中で実施された。

2."World Usability Day"について

2.1 UPAとの連携


HCD-Netは2005年3月に発足後、事業活動が本格化し、本年7月にラスベガスで開催されたHCII2005ではHCD-Netの設立報告を行った。その際に、現地でHCD-Net NightなるミーティングのほかUPA理事のNigel Bevan氏、雑誌主幹のAaron Marcus氏と両組織の連携に関する協議を行い、今後、HCD-NetはUPAと対等の連携を行うことで合意し、様々な活動、意見交換を進めていくこととなった。


2.2 "World Usability Day"について


Usability Dayは毎年一回、11月3日に世界各国で同時多発的にユーザビリティに関するイベントを開催しようというUPAの試みで、日本を含め33カ国が参加を表明。今年のテーマはe-Governmentやe-Commerceなどの民間アプリケーションに関するものとなっている。


http://www.usabilityprofessionals.org/worldusabilityday/index.html別ウインドウが開きます


そこで、日本では2005年11月3日にHISユーザビリティ専門研究会と連携し、同研究会の談話会との同時開催という形でUsability Dayを主催する運びとなった。


3."World Usability Day"における議論

3.1 「自治体行政のユーザビリティとは」


Usability Dayの主旨に従い、日本でも関心が高まっているネット上のコミュニケーションを活用した自治体行政のユーザビリティ活動について、行政側、コンサルティング側を交えたパネル討論会を開催した。パネラーは以下の4名の方々にお願いし、全体の司会進行をHCD-Net機構長の黒須正明氏が担当した。


  1. 「ユーザブルな自治体と都市」
    平本一雄先生(東京工科大学 メディア学部 教授)
  2. 「自治体行政におけるe-Governmentのあり方」
    内藤文子氏(浜松市教育委員会 生涯学習部 主任)
  3. 「自治体Websiteの目標と実態」
    安藤昌也氏(アライド・ブレインズ株式会社)
  4. 「自治体と住民とのコミュニケーションを目指して」
    高橋輝子氏(千葉県総合企画部 知事室 主査)

3.2 「ユーザブルな自治体と都市」


行政のホームページは市民ポータルサイトとしての役割を担うことができるのかどうか、こうした命題に対し「自治体と都市の関係」からの考察がなされた。古くから「行政はお上である」という認識が市民側にあるが、中世ヨーロッパにおいては、街の中央に広場が配置され、その広場に市民が集うようになっていた。この広場に市役所があり、広場で自らの暮らし方に関する要望が出され、その場で話し合うというシステムが確立していった。日本にはこうしたシステムが生まれなかったが、現在、ネット上には生まれつつある。実際、市民向け情報としてハブとなっているサイトの多くは市役所のサイトである。これからの市民ポータルモデルはちょうどレストランのように、店内という広場(フロントヤード)に市民が集い、要望を提示すると、厨房という役所内(バックヤード)で質の高い情報をしつらえ、迅速にデリバリーするという関係が望ましいとしている。


また、自治体ポータルサイトの評価基準がいくつか発表されているが、主に環境整備、自治体の取組み姿勢、体制構築、意識の話が主体であったり、テクニカルな評価指標であったりして、利用シーンを意識したシナリオベースド的な評価スタイルにはなっていない。


その他に、ユーザブルではない実情(電子申請はできても実際の手続きは役所まで出向き、支払い手続きなども別のルートでしなければならない、等)が披露された。


3.3 「自治体行政におけるe-Governmentのあり方」


自治体行政におけるe-Governmentのあり方を考える、という命題のその前に確認すべきことがある。今までにコールセンターを設けたり、電子申請システムを構築してきたが、これらは本当に役立っているのかどうか?ゴミの不法投棄などのように地域には課題があふれているが、ルールを守らない人を取り締まることは役所の仕事ではない。だからといって市民に答えが出せるものでもなく、官と民の間で役割分担ができていないことに問題がある。さらに様々なシステムやサービスの構築に莫大な資金をかけていることを市民は知らないし、どうしたら行政がユーザブルになるのかを考えねばならない。


そこで、「当事者中心設計」を提唱する。


そもそも何が必要なのか、課題設計から市民が参加することが重要であり、欲しいものを欲しいと言うことが必要である。具体的なリクエストには具体的に答えることができるからだ。市民の声を聞いたという「証拠」を残しておく程度の対応ではなく、ユーザブルな解決策を求めるために、官と民の有効な役割分担が必要である。そのためには市民と行政が一同に介し、まず話す機会を設けることが重要なのだが、両者ともが面倒くさがるためにできていない。


「官も民も覚悟しなさい!」こうした意識の改革をしながら、今ある仕組みを電子化するのではなく、明日の仕組みを作ることが重要である。


3.4 「自治体Websiteの目標と実態」


自治体のホームページはどれも似すぎていて魅力がない、その地域の印象が薄いという問題提起がなされた。いたずらに階層が深くなってしまうような情報の構造化の問題やALT属性などのアクセシビリティ管理も含め、自治体のホームページの抱える問題が危機的であることが指摘された。CMS導入の成功事例、名古屋市のホームページでさえもアクセシビリティのキープが、たいへん困難であることが紹介された。


様々な事例が紹介された上で、自治体サイトは将来的に2つの方向性があるという。一つは「情報公開の充実性」であり、もう一つは「コミュニティ化の進展」であるとされ、コミュニティ化の必要性、重要性についても触れられた。その上で使い勝手の良さの中に"顔"の見える街として世田谷区や富山県南砺市のホームページが紹介された。表層的な使いやすさから質的な目標として、多くの市民が参加できる、親しみがあり魅力的な姿へと進展することの大切さが説かれた。


3.5 「自治体と住民とのコミュニケーションを目指して」


千葉県における広報広聴活動に関する取り組みが紹介された。自治体の情報提供および住民とのコミュニケーションを目的とした多くのアプリケーション(広報誌、パンフ、ガイドブック、番組、ホームページ、メールマガジンなど)が存在しているが、各職員が別々に作り、内容に関しては広報職員が手作業でチェックしているという現状がある。その他に県民の声を政策に活かすためにパブリック・コメントという制度やタウンミーティング(知事が各市町村へ出向き県民の声を聴く)というものが用意されている。


藤沢市が導入して成果をあげ、継続的に活用されている市民電子会議室があり、千葉県でも試みたけれども、諦めた事例が報告された。電子会議室の構築にいざ、取り組んでみると、サイトの目的は?テーマは設置するの?コーディネータ(掲載内容の確認など)は誰?プライマリーチェックはできる?匿名性は?実名参加の方がよい?予算は?人財は?と課題山積みとなった。ホームページはこうした運用検討を含めて取り組むことが必要となる。他に政策立案にブログを活用している経済産業省経済産業研究所e-life Blogや地域SNSの好事例が紹介された。mixiやGreeに代表される地域SNSは現在339万人に利用されていて、行政の事例では熊本県八代市の「ごろっとやっちろ」が紹介された。


自治体のWebサイトの目標として、基本的な考え方を明確にすること、そしてそれは、住民とのコミュニケーションを大切にすることであると結論付けた。


4. ディスカッション

4.1 自治体行政のユーザビリティのあり方


予定時間を大幅に超える活発な議論が展開され、自治体行政のユーザビリティは単純なホームページ上のユーザビリティに関わる問題点もさることながら、もっと背景的な、本質的な官と民とのコミュニケーションのあり方に問題があることが指摘された。


世界的にも進んでいるとされる藤沢市を例に見ると、電子会議には6つのタイプ(双方向型、順次発言型、発話者に集中する型、非発話者に集中する型、独話型、無秩序型)があり、匿名による会議室の方が活発な発言を生み、議論が盛り上がるという分析結果がある。中にはその議論の中から政策に結びつくケースもあるようだ。しかし、反面ネット社会は人間社会の縮図であり、誹謗中傷などにより会議が荒れる場合が多い。こうした場合に参加者自身による解決のための工夫、沈静化する努力が必要であるといわれる。つまりネット会議室の市民性が問われているのだ。また、市民だけでも行政だけでも知識不足で話が堂々巡りする場合があるが、そこに専門家が入ると解決が進むという運用上の対策案についても紹介された。


さらに公共のものだからこそ、もっと切磋琢磨するべきで、外部からのランキング評価なども必要である。ランキングがきっかけとなり触発されて、関係者がより良いサービスデザイン、サイト設計に取り組めば、結果として利用品質の水準が上がる。このような評価指標の提供が有効であり、こうした手段を通じて行政と民の両者ともが意識改革を推し進めること、また、ネット社会におけるコミュニケーション作法を的確に教育することが重要となってくる。また、千葉県のホームページをリニューアルした後の評判についてのコメントがあり、悪いという話はないけれども、良いという話も無いと報告された。サイト設計に取り組む開発側のモチベーションを高めるために、良い評価を伝える必要性が指摘された。

5. まとめ

5.1 今後への取り組み


今回の議論の中で提供された様々なマイナスの現象は、まだ未成熟なネット社会ゆえに起こっていることとしてやむを得ない面がある。しかし、いわゆるHCD 的な取り組みにより改善できる部分はかなり多い。例えば、同じ東京23区のホームページから公的なサービスを利用しようとする際、各区での対応は異なり、結果としてサービスが受けられない場合もある。基本的な行政サービスは自治体の個性をアピールする以前の問題として公平に享受できるよう対応するべきである。こうした基本的な対応は標準的なHCDのプロセスを踏むことによって確実に対処できる。


現実的な問題を改善するためにユーザビリティ関係者ができることは、やはり調達基準や開発プロセス等のツールを提供することであろう。その意味でユーザビリティ専門家の視点は重要となる。利用状況を把握することの重要性が盛んに言われるようになったが、行政マンこそ市民と接する場を作らなければならないし、本質的な利用状況情報が集まって、初めてユーザビリティ専門家の力も発揮できることになる。


さらに、ネット上のコミュニケーションを活用した、自治体行政の理想的な取り組みについて、いくつか提言したい。ユーザビリティ・エンジニアリングの効能として、前述のように違和感なく操作できるようになることも重要だが、社会参画力が整えば、昔でいう「目安箱に投書できるようになる」という政策的な効果の方向に向かうべきである。また、ネットを通じたコミュニケーションは今より進み、リアル社会を改善するトリガーとなり、インターネットのスピードに行政が合わせるような、変革のスピードが早まることも理想的な展開として目指したい。


いわゆるSmall Usability的な取り組みにとどまらず、人間を中心に見据えて解決しようとする精神を持つなら、もっとBig Usability的な試みがあってよいし、人間中心設計という考え方は確実に解決の糸口になるはずである。


盛会のうちにパネルディスカッションは終了したが、諸問題を改善するために必要とされるHCD開発プロセスの中で、最も欠けているのはユーザリクワイヤメントの抽出であろう。HCDというプロセスを考えればやはり、自治体、行政のユーザビリティもまた、上流からのプロセスを通して活動することに意義があると総括された。


謝辞

本活動はヒューマンインタフェース学会ユーザビリティ専門研究会の談話会と歩調を合わせて開催することが出来たために、多くの関心の高い参加者にお集まりいただき、質の高いディスカッションが可能になったと思います。ここにユーザビリティ専門研究会の皆さまに、深く感謝いたします。


HCD-Netで人間中心設計を学ぶ

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