HCDコラム

かつて人間中心設計の必要性を感じ、独学と実践の間で試行錯誤をしてきた身としては、デザインや人間中心のアプローチが注目され、当たり前のこととして語れる現状を好意的に受け止めています。一方で、昨年のデザインシンキングに対する議論に共感したり、イノベーションのためのデザインといった文脈に違和感を感じたりと、エクスペリエンスデザインの実務者として向き合わなければならない課題はあると感じています。

こうした中で、最近ではエクスペリエンスデザインの手法やアプローチとその価値を説明する際には、手法やアプローチの背景にある考え方や姿勢を伝えるようにしています。こと手法だけみると誰にでもすぐに実践でき、成果の得られることかのように誤解されがちな中で、背景にある考え方や姿勢を理解した上で取り組まないと、ビジネスにおける確かな実感を提供することは難しいと考えているからです。

しかし百聞は一見に如かず。考え方や姿勢の実感は、一朝一夕には行えません。個人的な体験としては、ソフトウェアエンジニアだった時にグローバルでの開発プロセスの見直しに携わった際に、文化の違いからロジカルシンキングで課題解決を行う必要に迫られたことがありました。理解したことを実践するも考え方の定着が難しく、論理的な解決策を導き出すのに苦心しました。また一般論としては、リーンスタートアップのアプローチを失敗が許されない事業開発で行おうとした結果、うまく機能しないといったことは、失敗を前提とする姿勢の元での手法やアプローチにも関わらず、背景にある考え方や姿勢の理解がなかったからともいえます。

全く異なる考え方や姿勢を取り入れるには継続的な取り組みが必要にも関わらず、考え方や姿勢の違いを理解せずに取り組みを行ってしまうことで実感が得られないといったことは、エクスペリエンスデザインの文脈でも起こり得ます。人間の振る舞いや思いを理解し、深いインサイトを得る姿勢なく、ユーザー調査やステークホルダーとの共創を行うといったことです。
デザインや人間中心のアプローチに注目が集まる中で、今一度エクスペリエンスデザインに従事する上でのアイデンティティを見つめ直すことが重要ではないでしょうか。


HCD-Netで人間中心設計を学ぶ

HCD-Net(人間中心設計推進機構)は、日本で唯一のHCDに特化した団体です。HCDに関する様々な知識や方法を適切に提供し、多くの人々が便利に快適に暮らせる社会づくりに貢献することを目指します。

HCDに関する教育活動として、講演会、セミナー、ワークショップの開催、 HCDやユーザビリティの学習に適した教科書・参考書の刊行などを行っています。