HCDコラム

デザイナーであれば誰しも一度は聞かれたことのある「デサインとアートの違いは?」という問い。もし聞かれたら、皆さんはどのように答えますか。仮にコラムの枠でライトな言い回しで、私が答えるとすれば、座れる椅子を構築するのがデザインで、座れない椅子を創造するのがアートであると、コンセプチュアル・アーティストのジョセフ・コスースの作品『1つの、そして3つの椅子』を思い出しながら、ぼんやりと答えます。一方で、アートとデザインの共通項を見つけるとすれば、どちらも「価値の創造」に寄与しているのだ、と言い表すことができるかもしれません。

フランスの社会学者・文化人類学者のマルセル・モースは、原始的な民族とされる人々をリサーチして宗教社会学、知識社会学の研究を行った先に、人が行う「贈与」という体験には、人間社会を支える重要な価値と仕組みがあることを明らかにしましたが、同時に、等しい価値を相互に交換する「等価交換」があるとも言っています。

思うに、ユーザーリサーチから体験設計やサービスの情報設計、プロトタイピングといった、ユーザーやタスクに明確な理解に基づいた設計を提供するHCDプロセスの中におけるクライアントとデザイナーの関係性は、企業が持つアセットやデザイナーのスキルとの「等価交換」的な価値として捉えることができる、などと定義付けたりすれば、いっぱしのUX/UIデザイナーやディレクターは、そんな単純なことではないのだと、ちょっと違和感を抱くのではないかと思います。

どうやらモースの『贈与論』では、贈与的な価値は、人と人の関係構築の意味合いが強いようで、それは「座れない椅子を創造」したことによって多くの人が、その解釈や議論に時間をかけたり、目的のはっきりしないものに自分の時間を投じたりと、アートには贈与に近い価値を持っているとも言えそうです。

明確な目的のないことに対して解釈に時間を費やすなどとんでもない、と思われるかもしれないが、それは、ある意味で贈与的な行為から社会に対して多くの「問い」を生み出してきたアートの役割として捉えることもできるかもしれません。しかしながら、アートの贈与的価値だけでは、世の中は善くなっていきません。贈与的価値で生まれた着想を構想へ変換するとき、HCDが効果的であることを改めて認識することができます。それがデザイナーの大きな役割の一つであり、アートがデザインになる瞬間(とき)でもあるのです。


HCD-Netで人間中心設計を学ぶ

HCD-Net(人間中心設計推進機構)は、日本で唯一のHCDに特化した団体です。HCDに関する様々な知識や方法を適切に提供し、多くの人々が便利に快適に暮らせる社会づくりに貢献することを目指します。

HCDに関する教育活動として、講演会、セミナー、ワークショップの開催、 HCDやユーザビリティの学習に適した教科書・参考書の刊行などを行っています。