HCDコラム

新人末席理事の井登と申します。今回、僭越ながらコラム執筆の場を頂きましたことを機に、なぜ栄誉あると同時にぼくのような浅学かつ若輩にとっては大変な重責でもある当機構理事の大役の拝命を決意したか?についてしたためたいと思います。

設立から現在までの10数年の間に、産業界はもちろんのこと、社会とひとを取り巻く環境はかなり変化しました。世の中において製品やサービスに期待される価値が『モノから(利用)経験へ』転換したことは言わずもがなですが、世の中の豊かさに比例して多くの製品やサービスの質はおしなべて向上し、大半のモノやサービスは利用、体験することにおいて『十分にニーズを満たしていて、困らない。なんならだいたいのものは結構いい感じ』の状態になりました。この点においては、この間に多くの企業にHCDの重要性についての理解が広がり、大変な努力が行われたこともあると思います。 この状況だけを見ると、人間/ユーザー中心発想で製品やサービスをデザインすることの重要性を広め、実践する立場の私たちからすると喜ばしいことである反面、ニーズや課題を解決するだけでは『ユーザーはわざわざ選んでくれない』という非常に恐ろしい時代の到来でもあると言えるのではないでしょうか?

多くの製品領域においては、生活者にとって見ると『だいたいのモノは十分にニーズを満たしているし使っていて快適だから、どれを選んでも同じ』という状態、つまりギルモアとパインが30年前に提言した『経験経済』でいう最下層のレベルであるコモディティ化がじわじわ進んでいると捉えられるのではないか、と感じます。
HCDやUXデザインのアプローチを多くの企業が取り入れ、努力した結果、相対的にコモディティ化が進む、というアンビバレンツがそう遠くない未来に見え隠れしていることに、これまで20年以上のキャリアの大半をHCD/UCDに取り組んできたデザイン実務家として危機感を感じました。

ユーザーや市場におけるニーズや課題の発見と解決が重要でありデザインの起点であることは大前提とした上で、まだ今はほとんどの人にとって課題ではないけれども、今後時代や社会が変化・進化していく中でいずれ重要度を増す可能性のある『いずれ課題になること』や、『イノベーションのジレンマ』の著者として高名なC.クリステンセン教授が近著『ジョブ理論』で提言した『ジョブ』のように今後ニーズに育っていく手前段階の潜在的な課題を見い出すことは、HCD/UCDの基本立脚点でもある『ユーザーの利用行動と利用文脈の観察』だけでは不十分な場合があります。なぜならば、今はまだない製品・サービス領域であることが多いため『ユーザー』がまだ存在していないからです。

ユーザー(人間)を中心化し、客体化(客観化)することで重要なデザイン指針を見いだすことが基本であったHCD/UCDのこれまでのアプローチやメソッドを、時代の流れの中で少しづつ変化・進化させるタイミングなのでないか?それはおそらく大変難しいことだけれど、今まさにそういったことに取り組めるチャンスがあるのであれば、今までもこれからもHCD/UCDが社会へ提供できる価値を信じているひとりの実務家として微力ながら尽力したい、と思ったことが、このたび理事就任を打診いただいた際に拝命を決意した理由です。大したことはできない未熟者ですが、会員のみなさんと一緒にこれからの時代のHCD/UCDの発展に貢献したいと思います。今後とも、よろしくお願いいたします!


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HCD-Net(人間中心設計推進機構)は、日本で唯一のHCDに特化した団体です。HCDに関する様々な知識や方法を適切に提供し、多くの人々が便利に快適に暮らせる社会づくりに貢献することを目指します。

HCDに関する教育活動として、講演会、セミナー、ワークショップの開催、 HCDやユーザビリティの学習に適した教科書・参考書の刊行などを行っています。