ケーススタディ Vol.1

HCD-Netでは、HCD/UXD活動における共有価値の高いナレッジやノウハウを表彰する「HCD-Net AWARD」(以下 アウォード)を企画・開催しています。2019年は「当事者を主体者に変える、『動機のデザイン』とプロセスモデル」(以下 「動機のデザインとプロセスモデル」)が最優秀賞を受賞しました。本記事では、この「動機のデザインとプロセスモデル」を発案し、実践されている由井真波さん、小野文子さんに「動機のデザインとプロセスモデル」が生まれた背景やその内容、アウォードに応募したキッカケなどについて伺いました。

概要


  • 「動機のデザイン」とは、各個人が持つ大小さまざまな動機に注目し、これに基づいた行動が発揮されるよう、意図を持って働きかけるデザイン行為のこと。
  • 「カタチのデザイン」「価値のデザイン」「動機のデザイン」の3つを組み合わせたKKDモデルを軸にしている。
  • 一過性の効果を求めるのではなく、継続的に本人の動機が解放され、活動のエネルギーの源泉として発揮される状態(=自律)を目指すもの。
  • 詳細についてはHCD-Netのアウォードの記事から資料などがご覧いただけます。

■プロフィール
由井真波:有限会社リンク・コミュニティデザイン研究所代表。京都を拠点に各地のまちづくりや地域活性化に関する事業に携わり、各現場の当事者の 力をデザイン推進に生かすことに注力。総合デザインファーム(株式会社 GK京都)勤務を経て現研究所設立。成安造形大学の客員教授も務めており、共創やコミュニティデザインに関する3種の講座を指導している。

小野文子:有限会社リンク・コミュニティデザイン研究所所属。約11年間、日本各地のまちづくりや地域活性化の現場に携わっている。

インタビュー

●  課題:デザインの成果物が活用されない状況が。依頼者が自分ごととしてプロジェクトを捉えられていないのではないか?

HCD-Net
アウォード最優秀賞おめでとうございます! HCD-Netではこれからアウォードに力を入れていくこともあり、こうして話を伺う機会を設けさせていただきました。まずは「動機のデザインとプロセスモデル」が生まれたきっかけを教えてもらえますか。

由井さん
私たちへ仕事を依頼されるのは、多くが地域に根ざして事業を行っている中小企業や有志団体です。地域に活力が失われつつあるような厳しい状況にありながらも、皆さん「新しい観光サービスや特産品を開発して、自分たちの利益になるだけにとどまらず、地域の盛り上げにも一役買いたい」と考えていらっしゃいます。そんな熱い想いを持った方々とプロジェクトをご一緒して、デザインした成果物を納品したにも関わらず、私たちがプロジェクトから外れるとその成果物が活用されなくなってしまう状況がありました。

こうした状況は、プロジェクトに参加している依頼者たちが、プロジェクトを自分ごととして捉えられていないことが原因だと思ったのです。だとしたら、依頼者たちのメンバー一人ひとりが新しいサービスづくりや商品開発におけるプロジェクトを自分ごととして捉えるためには何が必要なのか。いろいろと検討を重ねて、「価値やカタチを作り出すデザインプロセスを依頼者に経験してもらう」、「デザインプロセスに依頼者が主体的に関わるために動機に働きかける」、この2つの要素を導き出したんです。これらを組み合わせて汎用性のあるプロセスモデルにしたのが「動機のデザインとプロセスモデル」です。

HCD-Net
動機というのが目を引きました。ここに着目したのはなぜなのでしょうか?

由井さん
動機があればこそ、自発的に行動を起こすことにつながり、プロジェクトを自分ごととして捉えられるようになるからです。デザイナーなら実感できると思うのですが、デザイナーの仕事において、最終的な成果物を作るフィニッシュワークが3割だとしたら、残り7割はプロジェクトの本質的な課題を探すために観察したり、観察した結果から仮説を立てたり、その仮説をもとに手を動かしてプロトタイプを作って検証してみたりといった試行錯誤のプロセスがありますよね。

こうしたデザインの仕事の大半を占める試行錯誤のプロセスを通じて、デザイナーはプロジェクトにおける「内発的な意欲」を自身で見出していると思うんです。この内発的な意欲を私たちは動機と定義しました。日々、デザイナーが実践している試行錯誤のプロセスを通じて見出される動機がヒントになるのではないか。デザイナーではない方々にもプロジェクトに対して動機を見出してもらうことが、プロジェクトを自分ごととして実践するための原動力となるのではないかと考えたのです。


インタビュー時の一コマ。終始和やかな雰囲気でトークが弾んだ

●  アプローチ:プロジェクトが依頼者にとって自分ごととなるように、パートナーとして価値・カタチ・動機をデザインする

HCD-Net
「価値やカタチを作り出すデザインプロセスを依頼者に経験してもらう」、「デザインプロセスに依頼者が主体的に関わるために動機に働きかける」といった部分で、由井さんや小野さんは実際にプロジェクトでどのような関わり方、アプローチをされるのでしょうか。

小野さん
「デザインされた成果物を提供します」とか「ビジネスで使えそうなノウハウを社員教育で伝授します」といった一方向的な関わり方ではなく、「皆さんが抱えている、目の前にあるその課題を一緒になって私たちは探り、解決を目指して試行錯誤する場を皆さんと共有し、ともに乗り越えていきます」といった風に、依頼される私たちの関わり方自体も考える必要があります。

私たちはデザイナーとして価値・カタチ・動機をデザインするKKDモデルにのっとりながら、並走するパートナーとして依頼者と新しいサービスや商品づくりに取り組んでいきます。依頼者は観察して自分たちで課題を見つけたり、仮説を立てたり、プロトタイプを作ってみたりすることで動機が生まれ、新しいサービスや商品づくりが自分ごととなっていく。


私たちが依頼者に対して動機付けするのではなく、依頼者が自分自身で動機付けされるように働きかけます。「動機のデザイン」と言ってはいますが、依頼者の動機を私たちがデザインするわけではないんですね。プロジェクトに関わっている人たち自身が動機を見出すサポート的な立場として、私たちは常に考え、動いています。

●  活用したHCDのプロセス:「内外の観察」「現状共有と課題設定」「仮説を立てる」「プロタイプ自作・実験」「点検」の5つのステップ

HCD-Net
「動機のデザインとプロセスモデル」の軸となっているKKDモデルには、5つのステップが組み込まれていますね。

由井さん
そうですね。HCDのプロセスにおけるHCDサイクルに相当するステップを設定しています。「1:内外の観察」「2:現状共有と課題設定」「3:仮説を立てる」「4:プロタイプ自作・実験」「5:点検」という5つのステップです。


HCD-Net
「観察」ではなくて「内外の」としているところが特長的だと思いました。

小野さん
観察というと、自分の外で起こっている事象や提示されているデータに目が向きがちです。それは大切なことである一方で、自分がプロジェクトで主体性を持つためには、そういった事象やデータを自分自身がどう感じて、どのように考えるかも大切なんです。それはちょっとした疑問かもしれないですし、ささいな違和感なのかもしれませんが、そういった自身の内を観察することも「動機のデザインとプロセスモデル」では重要なので、「内外の観察」としているんです。

HCD-Net
プロジェクトを自分ごとにしていくために、こうした実践できるステップを具体的に組み込むのは、とてもいいアイディアだと思いました。

由井さん
ステップを通して思いや考えを形にしてみて、形にしたものを実際に自身で目にしてキャッチアップすると、いろいろなことが分かってきますし、主体性が呼び覚まされていくんですね。ビジネスの現場においては、往々にして「自分のやっている業務が何の役に立つのか分からない」とか「上から言われてやってるけど、なんでこんなことやる必要があるんだろう」みたいな、業務に関わっている人から主体性を奪うような状況が起こり得ます。

そういった状況で「主体性を発揮して仕事をしなさい」と言ってもそれは難しいでしょう。このステップは、そんな状況に変化を起こし「あなたの働きはこうして活かされて、この先こんな風に価値となっていくんですよ」というのが自分自身で実感できるよう、5つのステップの一通りを経験してもらうことを大事にしています。

HCD-Net
実際の事例ではどういったものがあるんでしょうか。

由井さん
例えば観光客が減り、売上が伸び悩んでいることから商品開発の依頼があった和菓子屋さんの例があります。プロジェクトに参加したスタッフは商品開発や企画は初めてでしたが、5つのステップを通して、商品開発や販売に主体的に関わっていく取り組みが見られました。ここで私たちは、各ステップにおけるワークショップ運営やツールづくりを担当して、参加スタッフの自発的な行動が発揮されるように働きかける立ち回りの役割を担いました。

●アウォードについて:自分たちの中では未完成でどういった反応があるか分からないナレッジを、アウォードで形にして世に問うことができた

HCD-Net
次はアウォードについて伺わせてください。アウォードに応募しようと思ったのはどういったきかっけがあったのでしょうか。

由井さん
「動機のデザインとプロセスモデル」は、以前からずっと形にしたい、できるなら書籍化したいねと話していました。でも外向けには言語化できていない状態だったので、まずは予稿のようなものでも、世の中に見せられる形にする必要があったんです。それでHCD-Netが春に開催しているHCD研究発表会(※:2019年度春季HCD研究発表会)のポスターセッションで発表してみたんです。

HCD-Net
発表会が最初だったんですね。反応はいかがでしたか?

由井さん
ポスター賞を受賞してとても評価していただけました。「動機のデザインとプロセスモデル」は、間違いなくデザインであると私たちは思っているものの、一方でHCD専門家の皆さんにはどのように理解されるのだろうか、共感は得られるのだろうかといった不安もあったのですが、結果としてとてもいい機会が持てました。その後の懇親会で「今度アウォードっていうのがあるから出してみなよ!」って言われて、勢いでアウォードに応募した感じはありますね(笑)。

小野さん
アウォードってウェブ上で審査があって見た人がコメントできるんです。それにそもそも驚きましたし、皆さんHCDに興味があるからだと思いますが、真摯な意見をたくさんいただきました。それらの意見を参考に二次審査に向けた発表の作り込みができましたので、とても助かりました。

由井さん
HCD専門家の中には、実際に業務でHCDを実践している方もいらっしゃいますよね。そういった実践している立場からの実感のこもったフィードバックを返してもらえるのが良かったですね。


拡大画像を表示する

アウォード受賞時の様子。左から、小野さん・由井さん・篠原理事長

HCD-Net
2020年、今年もアウォードが開催されます。最後にアウォードに興味を持っている方や応募してみたいと考えている方にメッセージをお願いします。

小野さん
自分たちの中ではまだ未完成で、どういった反応があるか分からないナレッジみたいなものを形にしてみたいと思う方には、いい機会ではないでしょうか。そのナレッジをまずは世に出してみて、いろいろなフィードバックを受けながら磨いていくこともできますから。

由井さん
HCD専門家の方から自分の考えているナレッジがどのように捉えられるのか。どんな風に私たちの活動が照らし返されるのか。デザインの素養を持った方からのフィードバックに対して大きな期待が持てる機会だと思います。自身のステップアップにもなりますよね。興味をお持ちの方はぜひ応募してみてはいかがでしょう。

●取材を終えて

ものづくりやサービス開発において、自走するプロジェクトを目指して、関わっているメンバーに主体性を持ってもらうための施策をいろいろと実践されている方も多いと思います。ご紹介した「動機のデザインとプロセスモデル」は、HCD専門家やデザイナーだけでなく、プロダクトマネージャーやプロジェクトリーダー、エンジニアなど、プロジェクトに関わっているさまざまな方々にとって改善のヒントとなる事例ではないでしょうか。

由井さん、小野さんが「動機のデザインとプロセスモデル」を世に出すきっかけとなったアウォードは、HCD/UXD活動における共有価値の高いナレッジ・ノウハウを皆さまから集め、そのナレッジ・ノウハウを多くの方々に知ってもらうためのHCD-Netの活動です。アウォードの成果は、HCDナレッジ・ノウハウ集にまとめ、形に残していく計画も立てています。業界に広めたい、あるいは業界に限定せず活用してほしいノウハウや手法をお持ちの方には、アウォードは絶好のPRの機会ともなります。ぜひアウォードへのエントリーをご検討ください。

インタビュー:飯塚幸雄(HCD-Net広報) ライター:佐伯幸治

アウォードのエントリーについて

HCD-Net AWARD2020の募集を開始いたしました。
2019年度にリニューアルしたこの活動は、「優れた事例を紹介し、その事例を成功へと導いた卓越したナレッジ・ノウハウ集づくり」にエントリーしてもらうことにもつながります。応募する方、審査する方、多くのオーディエンス、 皆さまに役立つ、楽しい取り組みにしていきたいと考えています。皆さまのご応募をお待ちしております。

詳細は以下サイトをご覧ください。

▼HCD-Net AWARD 2020の応募について
https://www.hcdnet.org/practice/award/5th_award/entry-1480.html


HCD-Netで人間中心設計を実践する

HCD-Net(人間中心設計推進機構)は、よりよいプロダクトやサービスを生み出すべくHCDを推進する企業活動が活発になることを目指して様々な支援を行っています。

企業におけるHCDのプラクティスを発掘し、HCDのとりくみの活動モデルとなることを目指す表彰制度をはじめ、専門家のみならず、企業同士の横のつながりも創出していきます。