ユーザ工学入門

ユーザ工学のコアとなる概念について、その基礎となるところを多少くどいほど説明してきました。お待たせいたしました。お待たせしすぎたかもしれません・・なんてどこかで聞いたことのあるフレーズですが。さて、真面目に(^_^;)。ようやくですが、ユーザビリティという概念の定義をしたいと思います。


ユーザビリティと使いやすさの違いについてはすでに触れました。ついでながら、ここで関連のありそうな用語について触れておきます。


まず使い勝手という言葉。これは案外ユーザビリティに近い日本語だと思っています。ちなみに広辞苑では「使用したときの使いやすさの程度」となってますが、これが一般的な意味合いだとすると使いやすさの兄弟分ということになるからちょっと違います。ただ、個人的に感じているニュアンスの違いとしては、単に操作性が良かったり認知性が高かったりするものは使いやすいものではあるけれど、使い勝手がいいというのはもう少し広い概念。新機能がついたり性能が向上することによって使い勝手が良くなるという言い方が成立しうると思っていますので、その意味でユーザビリティに近いのかな、と思っている次第です。ただ、目標適合性というニュアンスまでは感じられないので、やはりユーザビリティというカタカナ語を使わざるを得ないかと思っています。


この他に専門的になりますが、可用性とか使用性といった用語があります。可用性は文字通りuse+ableの直訳でusabilityの訳語として使われることがありますが一般的とはいえません。また使用性もusabilityの訳語として使われることがあるのですが、やはり専門的な感じがします。


そんなわけでユーザ工学関係者はユーザビリティというカタカナ用語を使っているわけです。正直にいうと仕方なく、です。ユーザビリティという単語は前述のようにuse+ableですから、狭く取ろうとすれば使えればいい、そんな矮小化された意味になってしまいます。そうしたニュアンスもあるし、また使いやすさと混同されやすいこともあるということで、先に設立したNPO法人では敢えてユーザビリティという言葉を使わずに「人間中心設計推進機構」という名称をつけることにしたのです。


その人間中心設計もそうなんですが、ユーザ工学における用語は基本的に外来のカタカナ用語もしくは翻訳用語です。他の多くの研究領域がそうであるように。こうした輸入型のスタンスというのは個人的には自尊心を傷つけられるから嫌なんですが(^_^;)、欧米人というのは概念化という精神活動を活発にどんどんとやってしまいます。日本人はその点で大いに負けています。ちょっと悔しい。


それはともかく、ユーザビリティという言葉が使われるようになったのはここ30年かせいぜい40年のことです。比較的新しいといえるでしょう。これにはインタフェース研究の歴史が関係しているのですが、そのことはまた別稿に書きます。


ユーザビリティの活動は評価からスタートしたために、当初は使いやすさが重視され、ユーザビリティという概念もその意味合いで使われてきた時代があります。その典型的なニュアンスを体系的に整理したものがNielsenによる定義です。彼はシステムの受容可能性という最上位概念の下に社会的受容可能性と実際的受容可能性という概念を位置づけ、実際的受容可能性の下に信頼性や安全性などとあわせてユースフルネスという概念を置きました。このユースフルネスはユーティリティとユーザビリティとから構成される形になっていて、ここでようやくユーザビリティがでてきます。


Nielsenはユーザビリティの評価手法の一つであるインスペクション法を体系化し、自らもヒューリスティック評価という手法を提案した人です。インスペクション法というのは、実際のユーザに機器やシステムを使わせて問題点を探り出すユーザビリティテストとは対照的に、専門家の直感的洞察によりユーザビリティの「検査」を行う手法の総称で、ヒューリスティック評価という手法は完璧に直感だけで、いわば行き当たりばったりでもいいから、とにかく問題点を見つけ出そうという手法です。


こうした評価手法の提唱者であるNielsenとしては当然のことながらユーザビリティという概念を問題点をなくすこととして位置づけました。いいかえればマイナスをゼロにもってゆくことです。これに対してユーティリティというのは機能性や性能のことでゼロからプラスのほうにのびる特性です。彼がユーザビリティ工学という概念をこうした活動の総称として提唱した結果、ユーザビリティ工学というアプローチはマイナスをゼロに、という形でスタートしたわけです。ちなみに、私がユーザ工学という言い方を提唱しているのは、こうしたネガティブなイメージを払拭したかったからでもあります。


この時代、およそ1980年代からしばらくの期間は、ユーザビリティ関係者にとって不遇の時代でした。そのことはすでに書いたかと思いますが、ともかく製品開発においてユーザビリティという概念は重要であるとは認められても、実際の活動として積極的に導入されることは少なかったわけです。


そこにISO9241-11の定義がでてきて、それを援用したISO13407が広まることにより、9241-11の定義は改めて脚光を浴びることとなりました。ここでユーザビリティは「ある製品が、指定された利用者によって、指定された利用の状況下で、指定された目的を達成するために用いられる際の、有効さ、効率及び利用者の満足度の度合い」と定義されています。この定義では前述のプラス面でのユーティリティ性をも含んでいます。つまりユーザビリティというのは人工物の付加価値などではなく、まさに本質価値であるということになります。この意味で、ユーザビリティという概念はNielsenのいうユースフルネスに近いものと考えることができます。


現在、ユーザビリティの定義にはこの二種類が混在しています。強いて区別するときにはNielsenの定義をスモールユーザビリティ、9241-11の定義、すなわちNielsenのユースフルネスをビッグユーザビリティと言っています。


ISO9241-11の定義はISO規格の定義ですから複数の専門家が議論を重ねてつくったもの。その意味ではなかなかよくできています。ただこれまでに述べてきたユーザの多様性とか状況の多様性といった視点は明確になっていません。目標適合性という点もさらに明確にする必要があります。また「指定された」という表現は適用範囲を限定して受け取られる危険性があるため注意する必要があると考えています。


そこで私はそれらの意味合いを込めて「多様な特性を持ち、多様な状況におかれている人々が、その特性や状況に適合した形で、自分の目標としていることを、可能な限り、有効に、効率的に達成し、満足できる度合い」と定義しています。これがユーザ工学におけるユーザビリティの定義です。前述の人間中心設計についてはそのような意味でのユーザビリティを可能な限り最大化すべく人工物をデザインすること、となります。


今回は前段の締めくくりとしてユーザビリティの定義にけりをつけておきました(^o^)。こういう概念定義にこだわってしまうところがユーザ工学の人間科学的側面ということになるのかもしれません。今後は徐々に工学としての側面についても触れてゆくことにします。


(第9回・おわり)


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