HCDコラム

ユーザーの体験を考える中で、「正しく伝える」ことが、必ずしも「伝わる」ことではないと気づかされる瞬間があります。特にそれが“エラー”のような場面では、伝え方ひとつで体験が大きく変わります。

以前、レジのUI/UX改善に取り組んだ際、一部キャッシュレス決済で「再ログインが必要になる」仕様がありました。シークレットブラウザを使うとセッションが切れるため、再ログインを促す“エラー”が発生してしまうのです。

このエラーの直後、離脱率が高いという課題がありました。仮説としては、「エラー内容を理解できていない」「次に何をすればいいかが曖昧」などが挙がり、改修を行うことにしました。

まずは王道のアプローチとして、エラーコンポーネントの設計から着手しました。
・「!」マークのアイコン
・赤系の強調色
・適切な文言
・なぜエラーが起きたか
・ユーザーが何をすべきか
これらを整理し、UI上に明快に表示。プロトタイプを作成し、ユーザビリティテストを実施しました。

結果、全員がタスクを完了しました。ただし、全員が一瞬、画面の前で止まりました。
「え?何か間違った?」「決済できない?」という戸惑いの発話。
正しいことは伝わっていても、“体験としてスムーズか”と言われると、どこか引っかかる印象が残りました。

そこで次に試したのは、「エラーであることを伝えない」UIです。
あえてエラー表示は使わず、再ログインという行動を通常のフローの一部として見せる構成に変更しました。
具体的には、ステップUIで「次に〇〇してください」と行動だけを案内。興味のある人向けには、画面の下部に「なぜこの状態になったか」という補足情報も添えました。

このUIで再びテストを行うと、驚きや不安の発話はほとんどなく、ユーザーはスムーズに次の行動へ進みました。
必要な情報は変えていないのに、体験がまったく異なる。これは“何を言うか”より、“どう伝えるか”の力を実感した瞬間でした。

この事例を、対面の接客に置き換えるとわかりやすいかもしれません。
1つ目のUIは、「〇〇という理由でエラーが発生しました。〇〇してください」と伝える接客。
2つ目のUIは、「次はこちらへどうぞ」とだけ案内し、必要があれば説明を添える接客です。

UX設計者として、エラーをどう扱うかは、ユーザーへの“態度”の表れとも言えます。
あえて言わない、という選択。
それが時に、もっともユーザーを思いやった設計になるのかもしれません。


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HCD-Net(人間中心設計推進機構)は、日本で唯一のHCDに特化した団体です。HCDに関する様々な知識や方法を適切に提供し、多くの人々が便利に快適に暮らせる社会づくりに貢献することを目指します。

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