はじめに
ユーザビリティすなわち利用品質の向上にむけ、ユーザセンタードな姿勢で取組むことの重要性とその方法論の一つとして「ガイドライン」が有効であることをこの連載で述べてきた。第4回は、システムの仕組みが伝わり、ユーザにとって分かり易いシステムへと仕立てていくために効果を発揮する「デザインガイド」(第1回「ガイドラインの定義と位置づけ」表2 参照)を中心に解説する。
1. 見易い、分かり易いシステムとは
1-1. 本質的な使いやすさと実効的な使いやすさ
「ユーザビリティ≒使いやすさ」と一口に言うが、その実態は2重構造(*1)(図 1)となっている。基本的な知識、理論により構築できる「本質的な使いやすさ」と、ユーザの利用実態情報を活用することで効き目を発揮する「実効的な使いやすさ」の2つだ。前者は、人間の特性に対応する基本的な使いやすさの実現であり、システムの部分的な業務効率が確保され、主に、判りやすさ、扱いやすさの獲得が可能となる。後者は、業務の特性に即した使いやすさの実現であり、システム全体の業務効率が向上し、設計の省力化や様々な利益向上などのビジネス効果を生みだす。

図1:使いやすさの2重構造
2つの使いやすさの内「本質的な使いやすさ」はいかなるシステムにおいても必須の検討項目であり、この構築にこそ「デザインガイド」が有効となる。
1-2. 一貫性があっても、フィードバックが適切でも
分かりにくい設計がルール化され一貫性を持っても意味はない。例えば、デジタルカメラのシーン設定機能は現在どのメーカーも10種類から20種類を超えるシーンを搭載している。従来からのシーンをカメラ上面のダイヤルにアサインし、そこから溢れたシーンは階層の深い設定用GUIライブラリーで操作するように設計されている。確かにGUIライブラリーの操作性としては一貫しているが、シャッターチャンスにすばやく切り替えたいシーン設定機能をアサインしてもユーザには分かりにくく利用品質は著しく低下する。(参考資料)

参考資料:GUIライブラリーとしての一貫性はあるが・・・
また、銀行のATM装置に組み込まれている注意ガイダンスでは、通帳やキャッシュカード、現金の取り忘れ防止のための警告表示器が点滅し「取り忘れないようにご注意ください。」などの音声メッセージがフィードバックされる。一貫してあるタイミングでこの注意ガイダンスはフィードバックされるが、忘れる人というのは、そのガイダンスそのものに気が付かない。せっかくのフィードバックを気が付かせるには何か工夫が必要である。
2. 効果を発揮するガイドラインとは
2-1. 実用的なガイドライン
専門家に有効なガイドラインは原則とか指針と呼ばれることが多く、汎用的に活用できるよう抽象化され解釈の範囲を広げられるようになっている。とまれ、原則論は一般の設計者には役立たない。もちろん、考え方の理解や気づきを促し、初心者を啓発するには大いに役立つ。
実務者に有効なガイドラインはマニュアルと呼ばれる。マニュアルは絶対的なルールであり、必ず守らなければならない。しかし、直面している当該商品にのみ有効で活用可能な期間は短い。代表的な例としてはCI(コーポレート・アイデンティティ) マニュアルやVI(ビジュアル・アイデンティティ)マニュアルがある(図2)。VIの最も強力なツールである名刺のデザインにもルールがあり勝手な変更は許されない。しかし、会社の方針で取得した資格を表すマークを追加することになって当初のデザインルールが守られなくなるケースは良く見かける。このためマニュアルには一意にルール化すべき項目と許容範囲を提供すべき項目などに分けられる場合もある。

図2:VIマニュアル
さて、これらのマニュアルを唯一、無視して良いとされるのはデザイナー本人である。というよりも新しい媒体(ホームページなど)が出現すれば、新たなルールを作らなければならず、デザイナー自身が扱う場合はマニュアルは要らないことになる。創作者ならマニュアルは不要とはどういうことであろうか?デザイナーは目の前にある名刺をデザインしたのではなく、考え方をデザインしたのである。考え方、方針、コンセプト、つまりはその会社が伝えたい「コト」をデザインし、その出力形態の一つとして名刺があるに過ぎない。考え方さえしっかりしていれば、描かれる「モノ」が何であっても、そこから受ける印象に差がでることはなく、結果としてアイデンティティが保たれることになる。従って、マニュアルというガイドラインはこの考え方を理解していない他の制作者に依頼する場合に必要となる。
実際に役立つガイドラインを目指すためには、それが誰のためのガイドラインか、何のためのガイドラインなのか、直面する問題点を解決するためか、将来に備えるためなのか、などについて作戦を立てる必要がある。また、そのガイドラインを活用する側のスキルアップとともにガイドラインの質やレベルを変えていくことも重要だ。実用に耐えるためには読み手の当該分野のスキルに見合うガイドラインが必要になる。
2-2. ガイドラインの設計と運用
筆者が経験した2つのガイドライン事例を挙げる。
2-2-1. 失敗事例「航空チケット予約システム」(*2)の詳細すぎたガイドライン
このシステムの画面製造は多くのプログラマによる協同ワークが前提となっていた。参加している事業所数が多く指揮系統も複数なので、説明をしなくても寸分違わぬ画面デザインが成立するようなガイドラインを用意することになった。画面設計の考え方に加え、代表的な5つのタイプに分類して設計寸法を細かく規定した。開発環境であるVBの各コントロールプロパティに入力すべき値を定めた製造用ガイドライン(図3)と、このガイドラインに沿って作成したサンプル画面を20画面ほど付けて関係部署へ配布した。試作が出来上がり各画面を確認したところ、サンプルとは似ても似つかぬ画面が多数製作され、デザインの考え方がまったく理解されず、ガイドラインはその効力を発揮しなかった。製造工程の遅れを取り戻すためのツールとしても期待されたが、一画面を作成するのに要する準備(ガイドラインを理解する)工数が多く要るという印象を持たれ、ガイドラインを誰も見ようとしなかったことにより、結果としてバラバラな画面となった。この事例では現場のマネージャからの要請があって数値での規定一覧を提供したが、その運用については何もアイディアがなく、ただ、ガイドラインを配布しただけだった。ガイドラインを確認する工数がない訳ではないが、納期を抱えて焦る現場の設計者には導入時の負担感だけが大きくなり、彼らへのフォロー対策がなく、このガイドラインの場合は運用レベルでの配慮を欠いたものとなった。

図3:製造用ガイドライン
2-2-2. 成功事例「半導体生産管理システム」(*3)での概念的ガイドライン
このシステムはクリーンルーム内に設置されたタッチパネル式のモニターを、役割別に3階層の作業者が24時間3交替で操作し200〜300工程に及ぶ半導体の製造プロセスを管理するものである。装置群の稼動状況や詳細の業務指示は同じ画面を通じてオフィス内から作業者へ提示され、作業者から業務センターへ様々なメッセージが飛ぶ。過去の失敗を繰り返さぬよう、この事例では設計方針をできるだけ多くの現場リーダに伝えることを目指した。規定したのは、この画面がどのような考え方で設計されたかという概念であり、レイアウトを揃えるという原則の制定と、その揃え方を説明したガイドライン(図4)である。先の例と同じ開発環境であったが、どのような画面デザインを仕立てるべきなのか、という仕上がり状態を伝えるように心がけた。そして、何より効果を発揮したのは現場リーダへの説明を重視した点である。ガイドラインとして用意した資料は基本の画面寸法を示したA3資料が3枚で、後はどのようなプロセスでこの開発が進み、情報デザインの意図や、何故レイアウトを揃える必要があるのかについて2日に渡るセミナー風の説明会を開いた。50画面を越えるサンプル画面や操作性を確認できるプロトタイプなども用意し、フィードバック作法も含めて操作方法の概念を伝えることに注力した。その甲斐あって、情報デザインの意図が理解され、サンプルとまったく同じデザイン寸法ではないが、残る数百画面のデザインレイアウトの概念は統一され、見た目の統一感および操作の一貫性は保たれた。本事例は先の事例を上回る複数の協同体制下にあり、筆者が今までに経験したどのシステムよりも大量で複雑な情報を扱う巨大な生産管理システムであったが、稼動後10年を経た現在も尚、GUIの方針変更や手戻り工数を起こすことなく稼動している。

図4:概念的なガイドライン
2つの事例を通じて判るように、ガイドラインはその開発体制下で、最も効力を発揮できるようその設計方針を参加者全員に確実に伝わることを目指さなければならない。
